五大思想(宇宙の構成要素についての考え)は元来インドにあった思想で、五輪塔の成立にはインド思想を構築し直した密教の影響が色濃くみられる。インドや中国、朝鮮に五輪塔造形物は現存しないところから、五輪塔の造立がはじまったのは平安時代後半頃の日本においてと考えられている。大日経の解釈書である「大日経疏」や善無畏「尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀」などには五輪塔図が現れるが、これは日本において書写されるうちに塔状に書きなおされたもので、本来は五大(四角、丸、三角、半円、宝殊型)がそれぞれ単独ばらばらに描かれていた。これらの事実から五輪塔が日本において初めて成立したと推定できる。「五輪九字明秘密釈」には胎蔵界曼荼羅の解釈から阿弥陀仏の極楽浄土と大日如来の密厳浄土は本質的には同じものであり、釈迦や弥勒菩薩、毘廬遮那仏など他の仏やそれぞれの浄土も本質的には同じものであり、往生と即身成仏も本質的には同じものと書かれている。それは五輪塔が宗派を超えて成仏できる仏塔であることを意味する。

 お地蔵さんは、本当の名前は地蔵菩薩とよばれ、菩薩は如来に次ぐ存在であります。釈迦如来が入滅して、この世界に次の如来が現れるまで56億年という気の遠くなるような、時間が必要であり、その間、この世界の人々を救う如来が存在しないことになります。次の如来がこの世界に誕生するまでの間、そのため、地蔵菩薩がこの世界の人々の苦しみを救ってくださるのです。

何か事故が起きた場所や水子供養のためにお地蔵さまを建立したりしますよね。これは、地蔵菩薩がこの世界で弱いものから救済すると考えられているためです。特に、水子は何の功徳も重ねるどころか、親よりも先に死んでしまうという不幸を与えてしまうため、救われがたい存在であります。そのため、地蔵菩薩が賽の河原で水子たちを保護していると考えられています。また、地蔵菩薩は日本古来の道祖神信仰と結びつき、町や村の結界という意味で、村はずれの街道に建立されたりしました。